著者の佐谷氏は間接財のコスト削減のコンサルティングを事業ドメインにしている「株式会社プロレド・パートナーズ」代表だ。佐谷氏は東京芸大の卒業という異色の経歴を持つビジネスマンだ。芸大卒のビジネスマンと言うとソニーの大賀さんを思い浮かべる。大賀氏はビジネスも芸術と考えていた。さしずめ企業は偉大な指揮者が指揮を執るオーケストラという感覚かもしれない。
本書のタイトルに「体温の伝わる交渉」とある。しかも「体温」は赤字になっている。「血の通い合った交渉をしようじゃないか」というコンセプトが良く表現されている。
「交渉」というと普通は切った張ったの修羅場を思い浮かべてしまう。発注者とサプライヤーとの間での価格交渉ともなると、狐と狸の騙し合いなどの様相も呈してきたりするのではとつい思ってしまう。
そうした交渉では本当にベストな取引条件は生まれない、というのが筆者の主張だ。本当は発注者とサプライヤー間の信頼関係があってはじめて、ベストな取引条件が実現できるというのだ。そしてこのベストとは発注者とサプライヤーの両者にとってのベストな取引条件なのだ、
たしかに売り手と買い手の取引関係は長期的な関係になることが大半だ。そうした関係が相互の信頼を基礎に置いていなければ、両者がともに繫栄する関係にならないことは言うまでもない。
たとえ両者の売り買いが一過性のものであるにしても、購入された財やサービスによって買い手がベストな効用を得ることができてはじめて売り手のビジネスも継続性を持つことが可能になる。
近江商人の「買い手良し、売り手良し、世間良し」の三方良しの思想が本書の「交渉術」の基礎としてしっかりと埋め込まれているということなのだ。
交渉の場では買い手も売り手も対等で、相互の効用を最大化することを目的として切磋琢磨する立場に立たなければならないことになる。そして価格について言えば、売り手の最大が買い手の最小に等しくなるところがベストということになるわけだ。
買い手は最後の最後で売り手に花を持たせることを忘れるな、という指南が本書に出てくるが、これなどはまさに相互の信頼関係を極め付きのものとする佐谷流「交渉術」の極意と言える。
本書ではこうした思想を前提とした「交渉」ノウハウが、佐谷氏の豊富な経験に基づいて展開されている。まさにここまで開陳してしまっておいのかと思わせるほどのサービス精神を感じさせるほどだ。
しかしさすがに、本当に大事な買い手にとっての「交渉」の終結点の設計については残念ながら知ることはできない。それは佐谷氏をコンサルタントとして招へいするしか伝授いただくすべはないということだ。
本社は買い手の立場で「交渉」をいかに進めればよいかをしめしている。しかし本当は売り手こそが本書を読み破るべきなのかもしれない。売れないセールスパーソンにとって本書はまさに目からうろこのノウハウがぎっしりと詰まっているのだから。
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