藻谷氏とユニークな実践者との対談集だ。
対談相手はいずれも現場に根差して日本固有の現実と向き合って確実に付加価値を生み出す実業を実践しているという意味でユニークなのだ。
本書で最もユニークな対談者は林業を経営する速水氏だ。
速水亨氏:1953年三重県生まれ。速水林業代表。慶應義塾大学法学部卒。東京大学農学部林学科研究生を経て、現職。森林再生システム代表取締役。日本林業経営者協会顧問。
まずは林業の奥深さが語られる。
「藻谷 今朝、三重県の尾鷲林業地域にある速水さんの山林に来て驚いたのは、谷川の水がまったく濁っていないこと、昨晩は台風であれだけの豪雨だったのに。
速水 うちの山は、間伐を強くしているから、地面まで日光が届き、下草が生える。その下草を刈らずに残しておくから、表土が流出せず川が濁らない。下草のおかげで、土壌自体も豊かになって、木も良く育つ。
じつは川を見れば山林の状況というのは全部わかります。下流の石をめくって、虫がいっぱいついているのは、泥が少ない証拠。つまり山の手入れが行き届いているってことです。
藻谷 速水さんのご著書『日本林業を立て直す』を拝読して、改めて林業の奥深さを勉強させていただきました。例えば年輪の幅がきれいにそろっている木を育てるのも、そう簡単ではないと読んで、『なるほど』と。
速水 ええ。木は年をとればとるほど成長量が衰えていきますが、年輪を揃えるためには、逆に年々成長量を増やしていかなきゃいけません。
藻谷 円周が大きくなれば、同じ年輪幅を保つために必要な成長の面積は、二次関数的に増えていく。なるほど、言われてみればそうですが、人間に例えれば、いつも前年以上に背を伸ばし続けなければいけないという話で、簡単にできるわけがない
速水 だから、木の成長とともにドンドン間伐をして、一本当たりの枝葉の量を増やし、太陽光を取り入れる力を強くしていくわけです。間伐の際は、みんなその時点の森林の状態を良くしようと考えてしましがちなんですけど、本当は数年後の状態をイメージしてやらなくちゃあいけない。
藻谷 ご著書には、間伐は『遺伝子の選別である』とも書いてありましたね。
速水 ええ。うちの間伐は、小さかったり曲がったりしている悪い木を伐っていく。それを世代を超えて繰り返していくうちに、どんどん遺伝子の淘汰が進んで、森の平均点が上がってくるわけです」。
林業は木を育てるのではなく森を育てる仕事だ。だから目指すゴールは少なくとも50年先を見据えなければならない。
速水氏は「300年後の法隆寺の補修にこの木が使ってもらえるかもしれない」というような超長期のビジョンを持って仕事をしているという。
林業に対する需要は健在だけではない。バイオマス燃料としての需要も拡大しつつある。
「速水 需要を増やすと言えば、藻谷さんが『里山資本主義』で紹介していた木屑を使ったバイオマス発電。実はうちの山の木も随分とバイオマスにいっているんですよ。
藻谷 いや、じつは本を出してから内心冷や汗をかいているのです・・・。本で紹介したのは、製材所からでる木屑の燃料使用であるわけですが、燃やすことを主目的に木を伐る動きも各地で出てきている。そうすると、また日本がはげ山だらけになってしまいかねません。
速水 いえいえよくぞ書いてくださいました。今後人口が減っていく時代に、住宅などの耐久消費財として木材を使っていくだけでは林業の将来性はないと思っていました。消費財としての燃料という需要は、林業にとって救世主だと思います。周囲からは『100年かけて育てた木をもやしてしまっていいのか』と言われるけれど、もともと燃料として木を使っていたわけですし、そもそも建築用の木材に使うのは主に木の幹の下の方だけで、上の部分の梢端部や枝葉を燃やす分には効率的です」。
木屑や枝葉など林業が生み出す未利用資源がエネルギー源として活用される時代が来ている。
日本の林業の困難は継続的な木材価格の低下だ。この原因を巡って驚くべき実態が明らかになる。
「速水 木材だろうがバイオマスだろうが、木を伐ったら、その分は必ず植えるというのが林業の基本です。
今の森林法の問題点は、森林所有者に造林義務を課してはいても、現実的には伐採行為者には強い義務を課していないことです。林業を見限った所有者が、少しでも森林から資金を回収するために、法の抜け道を利用して、安い値段で素材生産者に立木を売ってしまう。素材生産者は植林コストを負担しないで木を伐採し、安値で叩き売るから、今のように再生産が不可能な値段まで市場価格が下がってしまう。再生産を目指さない伐採行為からでてくる木は、再生産を目指す業者の木を瞬く間に駆逐してしまうんです。
藻谷 うーん、まさに『悪貨は良貨を駆逐する』ですね。そうなると、日本もまたハゲ山への道をまっしぐら・・・
速水 伐採作業をする素材生産者に強く再造林義務を課せば、彼らはそのコストを上乗せした値段でしか売れなくなるから、今のように市場価格が値崩れすることはなくなります。
藻谷 ただ、本の中では『そうすると日本の木を伐採する人が誰もいなくなるだろう』とも書いていらっしゃいましたね。
速水 たしかに儲けが出なければ、誰も木を伐らなくなる。だから、植林コストも含めて、ちゃんと利益が出るようにしなくてはならない。
そのためには、まず、海外で違法伐採された木の輸入を禁止すること。再生産の義務を課していない木は一本たりとも日本に入れてはいけません。
藻谷 郊外を垂れ流す海外の工場で作った製品を買うべきではないのと同じですね。よくCMで、『アマゾンで植林をしています』『東南アジアの森を守っています』とか流れていますが、ああいう会社は再生産義務を果たしているのですか。
速水 企業によりますが、たいていの場合、これまで伐採してきた面積に比べて、わずかな面積に植林しているにすぎません。また、豪州やインドネシアでは、ユーカリやアカシアマンギウムという超短伐期の木を植えている。これらは成長が速い分、養分を大量に消費するので、土壌が痩せ衰えて、長期的には再生産が不可能になってしまいます。
藻谷 ご著書の中に、『ラワン材の違法伐採の末に、木材輸入国に転落したフィリピンでは、結局誰も幸せになっていない』とあったのが印象に残っています。
速水 そうです。だから、他の先進国はみんな違法伐採されたものは買わないという法律を作ったわけです。それなのに、日本だけが創らない。
環境意識が高いEUはもちろん、アメリカもレイシー法という州間の野生動物などの取引を禁止した100年以上前の法律を改正して、違法伐採を規制しています。遅れていたオーストラリアでも新しい法律ができました。そのうち、違法伐採の木材がすべて日本に集まるなんてことになりかねない。
藻谷 規制嫌いのアメリカが、よく規制に踏み込めましたね。林業ロビーとかに邪魔されなかたのでしょうか?
速水 いや、林業ロビー自体がそれをやりたがったのです。違法伐採の木を規制したら、木材価格が6%上がるはずだと計算して。日本でも、法政大学の島本美保子教授が、違法伐採材の輸入を規制すればベニヤの値段も上がるという試算をしています。規制は林業関係者にとっても、ベニヤ業者にとっても絶対にプラスになるはずなんですが・・・・
藻谷 違法伐採木を輸入すると、みんなが損をする。だからアメリカの林業ロビーだって規制に賛成したのに、日本がそれをやらない理由ってなんでしょう?
速水 それはすごく簡単な話で、ただ面倒くさいだけなんですよ。
藻谷 えっ!と驚きたいところですが、日本では良くある話ですよね。本当は規制をした方が、公益に則するだけでなく企業も儲かるんだけれど、『規制緩和』という、怪しい経済学者が広めた現代の錦の御旗に逆らうのは、エネルギーを要するのでやりたくない、と」。
日本林業にとっても地産地消が需要拡大の決め手となる。
「速水 日本には製材工場が5000以上もあるんです。正直に言えば、むかし通産省が繊維の機械を壊して業界の集約化を進めたように、製材業界もある程度集約化をすすめていくしかないと思います。
しかし一方で、地域に根差した製材工場として、地元の工務店と連携しながら、生きて行く道はあると思います。年間に何万戸も既製品のような家を建てる巨大な住宅メーカーがあるのは日本ぐらいです。もっと自分好みの家をじっくり建てたいという需要にこたえるのが、地域の製材工場の役割じゃないかと思います。
藻谷 確かにアメリカのほうがよほど、個人住宅のデザインは個性的ですね。みな木造で新建材の家などむこうでは見たことがない。地域の個人需要に応えるパパママ・ストアがなくならないように、地域に密着した小さな製材所も必ず生き残れるはずだというわけですね」。
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