絶望的な農産物生産システムの現状
現代の農業は農産物の品質と収量および労働生産性を高度化するために化学肥料と農薬と高額の農機に対する依存度を極限にまで高めている。
結果として何が起きているか?
化学肥料と農薬そし高額でありエネルギー多消費型の大規模農機に対する依存は土壌の健全性を損ね、化学肥料と農薬に対するさらなる依存を招く悪循環に陥っている。そして土壌が健全性を失うことによって、土壌を取り巻く生態系が破壊され、環境破壊が進んでいる。
また化学肥料と農薬そして大規模農機に対する依存は農産物生産のコストを増加させ農業は収益事業でなくなり、個人営農者は経営の維持が困難になり農業からの離脱を余儀なくされている。
こうした状況に抵抗して世界中の先進的な農業生産者が新たな農業システムに挑戦を始め、その成果が徐々に出始め、しかもそれが他の生産者の関心を呼び始め、その画期的な農法が広がり始めているという。
本書はその新しい農産物生産システムへの挑戦を実行している生産者や研究所を訪問しその実践活動を紹介し、この新機軸が産み出す大きな価値の実態と、そうした価値の生まれる所以を明らかにしている。
新農産物生産システムの三原則
新しいシステムの原則は次の三項目だ。
1. 不耕起
2. 被覆植物による土壌の被覆
3. 多様な植物による輪作
この三原則によって何がもたらされるか。それは土壌中の有機物の活性化であり、有機物を分解して活きる土壌中の微生物の活性化だ。つまり失われつつある肥沃な土地の回復だ。
そもそも土壌中の有機物と微生物と植物の間の相互代謝関係が植物の成長を促し、また免疫力を増強して自己治癒力によって疫病を克服し、また害虫を寄せ付けない物質を発散することが本来の生態系のあるべき姿なのだ。
ところが土地を耕すことで土壌中の有機物はズタズタに破壊され死滅する。有機物がなくなると土壌中の微生物が死滅し植物に対する代謝作用を停止してしまう事になる。こうして土地は肥沃さを失う。
まさに農地を耕すという、古来から農作業の基礎中の基礎である耕起が農産物生産システムにとっては最大の障害であったということだ。
だからまさに非常識としか思えない不耕起こそが現代の農業が抱える困難を一気に解消させる打ち手として浮かび上がるということだ、
二番目の原則は被覆植物による土壌の被覆だ。
被覆によって土壌は保水力を維持し、結果として有機物の活性化を促し、微生物を活性化させることになる。さらに被覆は水分を含まない表土が風によって飛散し土壌の希薄化つまりは土地が痩せる事態を阻害する。
三番目の輪作は畑作においてはよく知られている農法だ。同じ植物を毎年植えると土壌が貧困化する。西洋史で学習した「三圃式農法」がまさにこれだ。欧州の中性に常識的であったこの農法は化学肥料の活用によって忘れられ、過去の物となっているのだ。
三原則が農産物生産システムを持続可能な物に転換する
三原則は土壌の健全化を保証する画期的な農法だ。これによって植物は土壌中の微生物との協働作業によって健全な生育を保証され、化学肥料や農薬の多用という悪循環から抜け出すことが可能になり、やがてそれらをまったく使わずに済む事態も可能にするはずだ。
そして不耕起は高額な農機の使用という必要性を解消し、個人農業生産者でも手軽に購入し、エネルギーの多用を要しない簡単な農機で生産が可能になる訳だ。
結果として農業生産者は化学肥料、農薬、農機、エネルギーに関わるコストをゼロに近いところまで削減でき、しかも収量は従来と変わらないかそれより増加する状況を楽しむことになる。
農産物生産システムは国家の補助金から自由になり、しかも収益も増加し、楽しい日々を生産者に保証することになる。
堆肥の重要性
持続可能な農産物生産システムにとって忘れてならないのは堆肥の力だ。堆肥は土壌中の有機物の活性化を促す大きな要素だ。堆肥の活用によって従来型のシステムに比べて収量の増加が期待できるはずだ。
著者もこのことに気づいていて、農地で牛を放牧し、牛糞の作用で土壌が活性化することに言及している、著書のタイトルにも「牛」が突出している。
しかし持続可能な農表生産システムの原則に堆肥は掲げられていない。この点は本書の残された課題ともいえるのではないかと考えられる。
筆者としては持続可能な農産物生産システムの原則は堆肥を追加して四原則に是非ともしてほしいところだ。