キーエンスの並外れた新商品企画開発能力について見ていこう。
キーエンスの並外れた新製品企画開発能力を実現する戦略ストーリーは第4図のように表現される。
世界初、業界初のヒット商品
キーエンスの新商品企画開発部門においては「世界初、業界初のヒット商品の開発」が行動規範としてわきまえられている。
だから顧客が欲しいという商品には見向きもしない。顧客が欲しいという場合それは顕在化したニーズであって、それに応えても圧倒的な付加価値は産まれない。
なぜなら顧客が欲しいと言葉に出した途端に競合メーカーがそれを受けて企画開発の行動を起こしているかもしれない。そのようなところにノコノコ出て行ってもレッドオーシャンの中で溺れるだけだ。
また顧客が欲しいという商品は特定の領域にある顧客にだけニーズが限られていて、大きな需要創造には結びつかないかもしれない。
ゆえにキーエンスが企画開発を目指すのは、顧客がまだ気づいていない潜在ニーズに根差す課題であって、しかも先端技術を活用することで解決がようやく可能となる課題、さらにはそのニーズが多くの顧客が同時に抱えている困難の解決に役立つ課題の解決ということになる。
こうした要件定義を満足した課題だけがはじめて企画開発の俎上にのることになる。
顧客の潜在ニーズの先鋭化
さて最先端技術と潜在ニーズの結合によって初めて解決可能な課題解決が世界初、業界初の新商品の前提であるとした上で、まずもって行うべきことは顧客の潜在ニーズをより鋭く尖らせるということだ。潜在ニーズを先鋭化は顧客の現場の困りごとを深く掘り下げて理解することで可能になる。
現場の困りごとの深掘りを実施するためには、顧客現場の深い理解が前提になる。そのためには顧客の現場情報が広範囲にしかも詳細に収集され蓄積されていて、それがいつでも必要なときに必要な形で取り出せる仕掛けが情報システムによって完備されていなければならない。
また潜在ニーズの先鋭化のためには優れた経験と知識を持つ企画担当者に活躍してもらわなければならない。
新商品企画の成功の鍵は専任企画担当者
企画担当者はソリューション提案のための課題についてのより深い理解を得るために、顧客を頻繁に訪問し、仮説検証を現場に根ざして実行することが求められる。
ここでの仮説検証は具体的には次の点を解明することだ。
• 課題、困りごとの実態はどのようなものか
• それは提案したコンセプトで解決可能か
• 提案ソリューションは買ってもらえるか
• いくらで買ってもらえるか
• なぜその値段なのか→効果の金額評価
またこうした企画担当者が大きな成果を獲得することを保障するには次のことが不可欠となる。
• 社長の仕事にしない
• 継続して担当する
• 一人で推進する
• 同じ人が続けない
• 兼任にしない
そして開発実施が意思決定されたのちの開発体制の要件は、
第一に企画担当者が開発プロジェクトのリーダーを務めること、
第二に開発プロジェクトチームには営業、開発、製造のメンバーを含めて全社横断的なプロジェクトにすることである。
マスカスタマイゼーション
ところで最先端技術と潜在ニーズの結合によって初めて解決可能なソリューションは、多くの顧客が抱える潜在ニーズに対する解決策提案でなくてはならない。つまり新商品は多くの需要を満たす標準品であることで、提供する付加価値を拡大し、同時に提供コストを削減する商品ということになる。
キーエンスではこうしたソリューション提案システムを「マスカスタマイゼーション」と名付けている。
「大量」生産品でありながら「個別」のニーズを満たすという絶妙のネーミングだ。
多くの顧客にとってまさに「うち」が欲しかった製品だと満足していただきながら、キーエンスにとっては「標準品」=「大量生産品」を提供するに過ぎないという、キーエンスの商品の並外れて優れたコンセプトを表現している。
多種類のマスカスタマイゼーション商品を開発し、製造するためにキーエンスは協力工場に全商品の90%を製造委託している。そしてこれらのOEM工場の品質、コスト、生産性、納期の完璧な保証を期すために、キーエンス自身が製造技術、設備技術に磨きをかけて、OEM工場を指導し、支援する体制を維持する必要がある。
そのためにキーエンスは自社工場を、マザー工場として位置付け運営している。
マザー工場ではカタログ掲載商品を大量生産する傍ら、製造技術開発、製造設備開発、試作品試作、量産化ライン開発などの機能を受け持っている。
こうした備えがあってはじめてキーエンスの「マスかスタマイゼーション」が完璧なものになっているといえるのだ。