中田
42歳で入社されたタンデムは吉田さんのご活躍もあって10年間成長し続けましたが、取締役になられていた1997年にはコンパックに買収されますね。そして、1年後にDECを買収し、最終的にはヒューレット・パッカードによる買収に至っています。
ITの歴史をなぞるかのようなご経歴ですが、度重なる買収、合併で組織が大きく変化する中でも、吉田さんは揺らぐことがなかった。それぞれの組織で営業責任者を歴任され、辣腕を発揮されていらっしゃいます。
吉田
いや、謙遜でもなんでもなく、たまたまなんですよ。
タンデムとコンパックは事業部門が全く異なっていたので、ほとんど組織改編の影響がありませんでした。
またDECと一緒になった時は、総合ITベンダーへと生まれ変わるために、DECのサービスビジネス事業を全面的に継承して、営業にとっては事業のポートフォリオが広がりました。
そのDEC側のお客様に、中田さんがCIOを務められていたカルビーがあったわけです。
中田
では、度重なる買収がなければ、このご縁もなかったんですね(笑)。最終的には営業職のトップとして、2500億円規模にまで成長したコンパックを牽引されています。
その後、HPがコンパックを買収した時はいかがでしたか。今度は買収される側になったわけですが。
吉田
当時は、合併か否かで大変でしたね。双方が意見広告に巨費を費やしたといわれ、中傷合戦も激しかった。でも、唯一のガリバーとして市場に君臨していたIBMに対抗する勢力として、この合併は不可欠と考えられていました。とはいえ、個人的には「またか」と少々腰が引けました。
この合併では、両社でほとんどの事業部がバッティングしており、買収された側として極めて難しい立場に立たされました。
しかし、「物を売る」という営業の形態は様々で、直接顧客と向き会う方法もあれば、代理店などを通じて間接的に行う形もあります。タンデム・DECは直販営業が強く、HPはパートナー経由のビジネスが強かったんですね。
私はこの直販営業を得意としていましたから、新しい会社では、その分野の仕事に従事することができました。
中田
HP側にも直販営業の部隊はあったでしょう。それでも吉田さんが残ることになった理由を知りたいですね。節目節目で必ず吉田さんは残り、その後の組織でなくてはならない存在になっている。
その秘密を教えていただかないと帰れません(笑)。
吉田
いやいや、本当に秘訣なんてないんですよ。意図的にやろうとしてもやれるものじゃないですから。
うーん、ただ結果論としていえば「ぶれなかったこと」なのかもしれません。
買収や合併でトップが変われば、組織や事業戦略も変わります。その度にその変化に合わせていこうとすると、ストレスが溜まるばかりで、仕事に集中できません。
そこで、組織の事情と自分の仕事とをスパッと切り離したわけですね。自分にできること、自分の仕事のスタイルは環境が変わっても変わらない。それを会社がどう評価するかはご自由に、と割り切ったんです。そう考えると、かなり気持ちがすっきりしました。
ただ、これを貫徹するためには、ぶれないための軸となる力を磨き上げるしかないですから。結果として目の前の仕事に無心で取り組むことができたのではないかと思います。
中田
その腹のくくり方は自信がないとできないですよね。吉田さんの自信は何が源泉になっているのでしょう。
吉田
多くのお客様との間で培われた信頼関係ですね。営業という仕事を通じてではありますが、全人格的に築き上げられたお客様との関係は本当に仕事の支えになりましたし、また自信にもつながりました。
この面では誰にも負けないし、そう簡単に誰かにとって代わられるものではないという、自負もありました。
中田
「誰も代わりができない」という自信ーー。言葉に凄みすら感じますね。
これを吉田さんに伺うのは愚問かもしれませんが、誰も代わりができないほど綿密な顧客との関係性をどのようにして構築していかれたのでしょうか。
吉田
そもそもお客様との関係性は「つくるもの」なのか、疑問ですね。いつのまにか「できているもの」と考える方が私にとってはしっくりきます。ただ、顧客との関係性を創出できる質の高い営業力を自らの中に培っていくことは大切なことでしょう。
ただし、そのための王道はありません。とことん数を経験し、その中から体得するしかないと思います。
物事の上達のために『三多の法』という考え方があります。多く聞き、多く読み、多く練習する。講談社の創業者である野間清治氏は、自ら開設した野間道場の門弟に「この筆法でいえば、剣道の腕を磨くには、多く見ること、多く稽古すること、多く工夫することにつきる。」という言葉を残しています。
営業も同じだと思うのです。お客様にアプローチするために電話を何回かけたか、企画書を何枚書いたか、見積を何回したか。実際、見積書を100枚書いた人と、1000枚書いた人とでは歴然と違っています。後者なら、システム仕様を見ただけでだいたいの見積りができてしまう。
提案書を100冊書いた人は、顧客がどの部分を重視するかも予測できる。一定量をこなすと、ある時ふっと質の変化が起きるわけです。
中田
哲学的な考え方である「弁証法」のなかにある、「量から質への転化の法」にまさに該当しますね。
その境地に至るまでには、まず営業の基本動作としてプロセスを理解している必要があるでしょう。その上で多くの経験を積み、質の高い営業力を培うことが必要というわけですが、そのための王道はないというわけですね。なかなか厳しい道のりです。
吉田
確かにそうなんですが、こうも考えられますよ。営業力を支える要素は、その人自身に持って生まれて備わっている「資質」、勉強によって獲得できる「知識」、そして経験が育む「技術」の3つです。
資質は変えることは難しいけれど、知識や技術は誰でも数を経験し、学ぶことで身につけることができる。きちんと学び経験をすれば、誰でも3年で一人前になれるでしょう。
たとえば、私がタンデム転職後、全くの白紙の知識からバロース時代に比べて、短期間に何倍もの数をこなすことによって、周りのたたき上げの仲間たちに後れを取らずに早期に戦線に参加できたのもこの「三多の法」のおかげと思っています。
お客様との相対するいろいろな経験の中で、最もスリリングな経験と言えば、お客様が目の前で契約書に捺印される場に立ち会う時です。お客様の最終意思決定の気持ちがその場の空気をピリッと引き締めます。
このような空気をお客様と共有する機会を多く経験すればするほど営業は大きく成長するものです。経験の中でも最も重要な経験の数ということができます。腕立て伏せや腹筋などの日常の基礎体力作りの訓練も大切ですし、練習試合も大切ですが、やはり本戦の経験を多く積まなければ本当の試合勘を養うことはできません。
若いうちは負けてもいいですから、できるだけ多くの試合に参戦することが大切です。こういう経験の中から「勝ちパターン」を学ぶことができます。
中田
そうした機会をしっかり与えて、一人ひとりが営業力を身につけることために、そして、一人ひとりの営業が組織の力を高めていけるような環境を作り上げるには、経営者やリーダーはどのように考え、行動すべきなのでしょうか。
吉田
「営業こそが、社外からお金を稼いでくる唯一の部門」という意識を、営業担当者はもちろん、それ以外の部署にも徹底して持っていただくことに尽きると思います。
そうすることで、営業を支援しようという動きも生まれ、営業も責任を強く意識するようになるでしょう。
この考え方に基づくと、営業は本来プロフィットセンターであるはずなんです。最近の経営の考え方では営業をコストセンターと見なす傾向にあり、「売るためのコスト」という見方をされるケースが散見されます。
しかし、会社のなかは、営業以外はすべてお金を使う人たちばかりなんです。ですから営業以外のすべての社員はいかに営業を支援して、一人当たりの生産性を高め、売り上げの最大化に協力をしない限り、営業の努力に報いることはできません。
ニトリの似鳥社長が言っているように、会社の利益というものは、すべての社員がそれぞれの仕事の品質を高めることによって生み出されるものであり、単に営業コストによってのみ左右されるものではありません。
経営者はこれを肝に銘じるべきと信じています。
中田
経営者目線でいえば「投資」という考え方ですよね。そうした考え方に基づかないと成長はできません。営業を「コスト」として考えるようになると、縮小均衡のサイクルに陥いる恐れがありますね。
吉田
高度成長時代のどんぶり勘定から、ビジネスユニット単位の独立採算による経営の透明化と事業責任の明確化のニーズと四半期決算による株主への説明責任を全うしようとするあまり、サイロ型の事業モデルに大きく舵を切りすぎたことが結果として営業を事業遂行のコストとみるような経営の発想を生んできたと思います。
その結果、会社が一丸となって営業をバックアップし、利益を獲得していくという雰囲気は失われつつあるように感じますね。
かたや、営業という仕事が存在する意義を考えますと、もし、お客様が欲しいというものを売るだけであれば、コールセンターやWeb Pageでお客様の注文を受け付けて、買っていただければいいわけで、営業の存在意義は失われます。
しかし、世の中に絶対という商品はありません。人間と人間の関わりあいの中でこそ、商談が生まれ、ビジネスが成立するのです。お客様が欲しいものを売るのではなく、売る側が売りたいものをお客様に欲しいと思っていただけるように提案する。そうして潜在的な需要を顕在化させるだけでなく、新たな需要を創造する。そのために、営業が存在するのです。
こうした「営業の原点」に立ち返り、営業としての矜持を胸に仕事を楽しんでもらいたいと思っています。
中田
若い方々への力強いメッセージをいただけました。本日は誠にありがとうございました。